山の際に渡る秋沙の行きて居むその河の瀬に浪立つなゆめ  作者不詳

《やま》の際《ま》に渡《わた》る秋沙《あきさ》の行《ゆ》きて居《ゐ》むその河《かは》の瀬《せ》に浪《なみ》《た》つなゆめ 〔巻七・一一二二〕 作者不詳

 詠[#(メル)][#レ]鳥[#(ヲ)]、作者不明。「秋沙《あきさ》」は、鴨の一種で普通|秋沙鴨《あいさがも》、小鴨《こがも》などと云っている。一首の意は、山のあいを今飛んで行く秋沙鴨が、何処かの川に宿るだろうから、その川に浪立たずに呉れ、というので、不思議に象徴的な匂いのする歌である。作者はほんのりと恋愛情調を以て詠んだのだろうが、情味が秋沙鴨に対する情味にまでなっている。これならば近代人にも直ぐ受納《うけい》れられる感味で、万葉にはこういう歌もあるのである。「行きて居《ゐ》む」の句を特に自分は好んでいる。「明日香《あすか》川|七瀬《ななせ》の淀《よど》に住む鳥も心あれこそ波立てざらめ」(巻七・一三六六)は、寄[#(スル)][#レ]鳥[#(ニ)]の譬喩歌《ひゆか》だから、此歌とは違うが、譬喩は譬喩らしくいいところがある。